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ケララ・ライフ Kerala Life

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ケララ・ライフ

このページでは、まだ日本の皆様には知られていない南インドケララ州を知っていただくため、当社社長、真美・デービスのケララ奮闘期や、Cochin市内の企業で働く方々、当社ツアーをご利用されたお客様の滞在記をご紹介しています。

*ページ左側には、今までのブログを投稿者別にまとめて表示しています。

郷愁の町インド・ケララを旅して・・・・

今年の春から、娘が南インド・ケララでお世話になることになり、 遠くケララから、毎日のように「元気だよ!良いところだよ!」 とメールは届くのですが、 どうしているのか・・・・どんな所なのか・・・・、 1年という長丁場なので1度顔を見てきたい・・・ という思いが募り、また、そのことを理由にして一気に飛び、 南インドでバカンスを過ごすこととなりました。 航空券の高いお盆を避け、雨季だけど少しでも乾季に近づく時を・・と願い、8月の17日(金)~24日(金)、ちょうど1週間の行程をエバーグリーントラベルさん(娘がお世話になっています)に、組んでもらいました。『バックウォーター&ビーチで寛ぐ5泊6日ケララの旅』です。 日頃、せわしなく過ごす私たちに、ヨーロッパの人たちを見習って、 ゆっくりと流れる時に身を任せるように・・・とアドバイスも。 ホテルは、全部5☆で3つのホテルを2泊ずつでしたので、 (『タージ・マラバール』→『ココナッツラグーン』→『マラリビーチ』) リッチな気分でゆったり過ごせ、大変よかったと思いました。
又、シーズンOFFで、宿泊料が安く、その上、天気も好くて大当たり!! まさかのマイプールに、水着はなしでしたが、温泉気分で飛び込み、 主人は本を3冊、私は1冊、読破することもできました。 主人曰く、「このリゾート気分は癖になりそう」ということで ツアーコンセプトは、達成です!

「シンガポールエアラインが安心」という助言で、シンガポール経由 (5時間ほど空港で)で、コーチン国際空港に着きました。 関西空港を朝の11時に飛び立ち、コーチンに着いたのは、現地時間で、夜の10時過ぎ。 飛んでいたのは、合わせて10時間ほどですが、3時間半も時間が戻り得したのです。 また、10時間乗り続けるより、途中で乗り換えるのは、身体のために良いと思いました。コーチン空港では、賑やかにお迎えの人がたくさんいる中、娘が笑顔で待っていてくれて、ホッとしました。お互いに「ほんとに来たんだ~!」って。
自動車の中では、みんな興奮して、しゃべり通しでしたが、路面の悪いこと・・・・ガタンガタンという大きな振動と、クラクションの賑やかさと共に、 コーチンの夜は人出もあり明るく、夜ふけだということを忘れるほどでした。
そして、『タージ・マラバール』のホテルに直行。シックで優雅な部屋の中で、私たちは本当にインドにいるの?・・まだ雲の上を飛んでいるような・夢のような・・天井では白いファンが回り、まるで千夜一夜物語に身を置いているような一夜でした。
  目が覚め、窓からはアラビア海を行く船が・・見下ろすと美しい庭。 そして、コックさんが、庭園での朝食の準備。そこは、インドでした。  行くまでは、アーユルヴェーダの「ア」の字も知らなかった主人でしたが、 「一番印象に残ったのは?」と問うと、「アーユルヴェーダ!これに尽きる!」でした。 「生活習慣病を患っているのに、お酒とタバコが止められない。」そんな主人にとって、きっといい体験になると確信はしていたのですが・・・。肩こりのひどい私は、もちろん楽しみにしていました。 アーユルヴェーダは2泊3日で3回、『マラリビーチ』で体験しました。 ドクターとの問診では、英語が駄目な私たちに、お忙しいデービス真美さんが通訳や飲んでいる薬の説明等をしてくださったので大助かりでした。
アーユルヴェーダは医療なんだなあ・・・と実感。 施術は、温かい薬草入り(各々の身体に合わせた)のオイルがたらりとかけられ、頭の天辺からつま先まで、なめらかに滑るように・・・
それも二人の優しい手で、上まで行ったと思うと、またすぐ下から・・と まったりたっぷりマッサージを。静かに流れるインドの古典音楽でも癒され、まどろみの中、至福の時でした。 食事も夫々の身体に合わせたアーユルヴェーダ食を毎食準備してもらいました。 主人は、なんとビールも飲めず、肉もなし。しかし、毎回メニューは違い、量も少ないのですが、一品一品、味がよくて美味しくて、二人とも充分満足したのは、不思議な経験でした。食後は、ハーブティーを。 最後の日は、暖かい薬草の入ったバレンで、身体全体パッテングしてもらい、血行もすこぶる良好に。 私は、ベッドの白いシーツの上に、白いクチナシのような香り高い小さな花を散らしてくれたり、 マンゴやバナナ等たっぷりのフルーツが入ったフルーツバスケットが毎日届けられたりする、 清潔でサービスの行き届いたこの『マラリビーチ』が、お気に入りです。

主人は、『ココナッツラグーン』の方がよかったとのこと。 コテージの目の前に広がるバンバナード湖に夕陽が沈んでいったのです。 こんなに静かに、じっと夕陽を見つめ続けることが今までの人生の中にあったでしょうか。その時、1艘の舟が通り過ぎて・・文字通り美しい光景でした。 ここでは、サンセットクルーズ、バードウォッチング、カタカリ・ダンス等のオプショナルツアーも楽しむことができました。お料理教室でフィッシュカレーも習いました。どちらもスタッフの方々は、礼儀正しく友好的でした。 ちなみに、どのホテルでも、日本人に会わなかったことは画期的な事でした。 今回、観光&買い物は1日。フィッシングネットのある魚市で賑わう港。 「バスコ・ダ・ガマ」が埋葬されたセント・フランシス教会。 叙事詩「ラーマーヤナ」の壁画の美しいダッチ・パレス シナゴーグ周辺での、買い物も楽しい思い出。古道具屋さんもよかったです。 南インド・ケララの旅・・・それは・・・ ラグーンやビーチにプール・・というたっぷりの水や、人々の優しさ・温かさで乾いた心が潤い、 椰子の木を初めとする緑豊かな木々や心地よい香りの花々、 そしてハーブの薬草を使うアーユルヴェーダで心身が安らぎ、 リスや牛、ヤギや象など動物との共生に感動し、元気な人々の生活に、なぜか懐かしさを感じ、 娘を育んでくれる人々との出会い(お家や会社にお招きいただき)に感激し、 もちろんカレー中心の食事は美味しく・・・身も心も満ち足りた素晴らしい旅でした。 ケララの皆さんに、心から感謝です。ありがとうございました。

特に身近にいるインド人

私がインドに来て8ヶ月、いろいろな人に助けられながら今まで過ごしてきた。
特にインドコスモシステム・デービス社長やケララの旅行会社のマネージャーをしておられる真美夫人の助けがあってこそのインド滞在なので、感謝の言葉は本当にたえない。
仕事仲間にも仕事に関することからインドの諸事情、習慣、生活に関することまで、いろいろな事を教わった。しかし、今回紹介したい人たちはもっと身近にいるインド人を題材にしたいと思う。 私たち日本人はここで生活する上で、食事や部屋の掃除などをしてくれる家政婦さん (おばちゃん)をやとっている。ここインドでは人件費がことのほか安く、国民性ゆえかサービス業があまり発達していない。ある程度の給料をもらえていれ ば、家政婦を普通に雇うことができる。そのぶん産業の発達が近年すごいわけだが、それはまた別の話。  日本人がインドの食材で食事を毎日作るのは 困難だろうとのことで、デービス社長がおし計らってくれたことの一つである。「おばちゃん」は毎朝7時くらいになると合鍵を使って私たち寝泊りしている家 にあがり、朝食を用意してくれる。作ってくれる料理はもちろんインドの家庭料理。  以前の記事で紹介されているが、おばちゃんはとりわけ元気がよく、低血圧の私のほそぼそとした挨拶を大声で返してくれる。  とにかく性格ははっきりしており、私たちが日本人であることも気になる対象ではないようで、会話をするときは現地の言葉でがんがんしゃべってくる。
もちろん、何を言っているのかわからない。雰囲気をつかみ大まかな意味を解釈して会話しているような感じだ。だがそんなおばちゃんだからこそ、私はとても親しみやすいし感謝している。
ただでさえ余計なことに時間が取られるインドで、おばちゃんの存在は今でも頼りになっている。

  おばちゃんがいないと結構困るが、実際に時々諸事情で休むときがある。
そんなときは家の隣にあるこじんまりとした食堂のお世話になっている。その食堂は40才前後のインド人(男性)が2人で営業している。食堂の規模が本当に小さいため2人で回せているようだが、客足は多く、飯時にはいつも店の外にまで客がならんでいる。
そしてその2人は私の親しい友人でもある。朝の出勤時にいつも大手を振ってあいさつし、昼は「おばちゃん」の用意してくれている昼食を食べるためにまた家にかえるのだが、時々その食堂で適当におかずを見繕っていく。(20円ほど。) 小銭換算が面倒くさい場合は次の時の支払いになることもしばしば。
なんともおおらかな2人で、これまた元気なおじさん達。

  なぜインド人はこんなにも性格が温かいのか、理由は漠然としている。(その理由のひとつは環境である,特にkeralaは自然が豊かであること、また歴史 的背景もありが豊かである生活も豊かである。ゆえに必然的に豊かな心を持つ人間が育つ。北を旅したことがある人は分かるであろうが、北に住む人たちは隣国 との争いで.歴史的にも苛酷な環境にあったので、険しい人間が多い。動物ですら北インドに住む牛や野良犬たちは険しい表情をしてるのに気づくだろう。by 真美社長)  しかし、これが原因でサービス業が栄えないのだとすれば、それはむしろインドの長所なのではないのかと思ったりもする。

永島君江さんのケララ訪問記

2005年、3月末、静岡から、永島君江さん、鈴木富代さんが、ケララ中部の古い町トリチュールで行われるアイルランド人の友人の結婚式に出席するためにケララを訪問されました。短期間の旅でしたが、お二人のケララでの楽しい思い出を連載の形で、ご紹介致します。


ケララを訪ねて...インドへの招待状

私たちは、共通の友人であるアイルランド人の彼女が、インド人の方と結婚をするということで招待状をいただきました。最初は、「すご~い、さすがインド人と結婚するなんて、国際派の彼女にはいつも驚かされるね!」と、みんなで彼女の結婚を祝福。でも、インドは遠いよね。どうしよう?なかなかインドは簡単に行ける所でもないし・・・・。いろいろ思い悩み 折角の結婚式だから思い切って参列しよう。と、思い立ったのは良かったのですが、旅行会社に尋ねてもインドの情報に関してあまり良い情報がなく、ましてケララ州のトリチュールのことなど皆目わからず、飛行機の手配もたいへん!そんな時、インターネットでケララに住む日本人(真美・デービスさん)が経営する旅行会社・EVERGREENのことを知り、ワラをもつかむ思いで直接、携帯電話に国際電話をかけたことを思いだします。その後の結果は言うまでもなく、安心して日本を発つことができました。 これは、2005年2月下旬に届いた一通の結婚式への招待状から始まったインド・ケララへの訪印日記です。


ケララを訪ねて・第1話...とうとうケララに来てしまったよ !?

シンガポールのチャンギ空港からシルクエアー航空で、いざ、ケララ・コーチン空港へと勇んで飛行機に乗り込もうと中に入った瞬間、今までに感じたことのない違和感を強く感じました。それは、機内全体に漂う臭いを包み込んでいる甘く、強い香りのする臭気でした。この狭い飛行機の中で、この臭いに耐えられるかな?と、思うほど独特なにおいで頭が痛くなり、少し気分が落ち込みました。機内の中を進み、自分達の席まで行く間にもインド人の視線がやけに鋭く、「なんか、すごいところへ来てしまったな。」と、一瞬不安がよぎりましたが、パッと目を向けた先に なんと日本人が乗っているではありませんか!それも家族連れで。「よかった!日本人がいて。ケララに行くのは私たちだけでなくて仲間がいるんだね。」なんて、勝手に安心したりして。ところが、偶然は重なるもので、この飛行機で見かけた日本人家族の方に、翌日 フォート・コーチンの教会でバッタリ出会うなんてこの時、互いに予期すらしませんでした。  

いよいよ、飛行機はインド上空に達し、ケララは深夜にもかかわらず、車の明かりや街の明かりが思っていたより多く、「結構都会なんだな。」と、チョッと安心しました。コーチン空港に無事降り立ち、入国審査も難なく済ませ、出迎えのデービスさんもすぐにわかり、ほっと一息!この時、時間はすでに深夜の11時30分を過ぎていたのです 。


ケララを訪ねて...第2話・コーチンでむかえた朝の出来事

日本を発って2日目の朝は、ケララ州のコーチン・エルナクラムにあるタージ・レジデンシーホテルでむかえました。 昨日までのインド初上陸の興奮も覚めやらぬ中、またまた、ビックリするような出来事が起こりました。それは、朝の散歩中のことでした。(散歩といってもホテルの前をウロウロしていただけですが・・・)
ホテルの前の通りに、ガイドブックで見たオートリキシャが停まっているではありませんか。興味本位にドライバーの彼に近づくと、彼は当然 私たちが乗車することと期待して、乗らないかと声を掛けて来ました。
その時、私たちはまだ、USドルのみでインドルピーの両替が済んでいなかったため、 「Ⅰhave no money.」と、言って乗る意志がないことを伝え、停まっているオートリキシャに乗って写真だけ取らせて欲しい。と、頼んだつもりが、街の中を走ってくれる。と、いうではないですか。初めて現地のインド人のドライバーと会話して、気がついたらタダで乗せてもらい、街の中を走っていたのです。 観光客に近づいてくるインド人には気をつけるようにガイドブックにも書いてあったのに、こちらから乗り込んでしまって・・・・!でも、やはり人は疑ってばかりいてはいけません。彼は、親切にドライブを10分間ぐらいして、ちゃんと私たちをホテルまで送ってくれました。もちろん、彼の親切に答えるべきチップはドルで渡しました。

今思うと、彼はこのチップを期待して乗せてくれたのかな? いずれにしても、なんとすごい出会いが、これからも続けて起こることなど、この時はまだ、わかりませんでした。


ケララを訪ねて...第3話・コーチンで日本人真美さん登場!

昨晩、コーチン空港でデービスさんに出迎えていただき、インドへの不安が消えたことをお話しました。が、それよりも真美さんの登場は、私たちにとってとても新鮮な出会いがそこにありました。
 真美さんとは、タージ・レジデンシーホテルのフロントで10時に会う約束で楽しみに待っていると、黄色がとてもよく似合う お姿で、さっそうと私たちの所へ近づいてきてくれました。
 第一印象は、インドの空気に溶け込んでいる日本人風インド人かな?と、思うほど現地人になっていることが、すぐにわかりました。インドで暮らすには、口では言い浮ケないほどのご苦労もあったことでしょうに、こんなに自然にうちとけることができ、同世代の子を持つ母親としての世間話を交えながらの観光案内は、ただ単にエスコートをすることだけではない温かさをいっぱいいただきました。
それは、初めて会った私たちを、数時間後にご自宅に招いていただいたことからもわかります。成り行きとは言え、この場を借りて本当にその節は、お世話になりありがとうございました。インドに行くだけでもすごいのに、個人のお家にまで押しかけてしまった私たちは、なんてラッキーなんでしょう!!!


ケララを訪ねて...第4話・フォート・コーチン半日観光へ、いざ出発 

エルナクラムから車で20分ぐらいの所に、アラビア海に面したインドを代浮キる貿易港を一望できるフォート・コーチンがあるということで、早速私たちは出かけることになりました。観光地に着くまでの道路事情について先に語っておきます。

道路は舗装がしてある所と未舗装の所があり、クッションのいい車でないと、でこぼこ道の運転もなかなか大変なようです。歩行者は車道も歩道も区別なく(正確にはルールが守られていないようです)走っている車のすぐ前でも、平気で道路を横断し 車も歩行者もスレスレで行き交う様子にはビックリしました。
オート・リキシャもほんの少し車間があいているだけでも、ドンドン入ってきて「交通ルールがこの国にはあるのかな?」と思う気持ちと、「よく事故が起こらないな。」と、あきれた気持ちと「さすが、インドだ。」と、変に感心したりして・・・・!?それから、街中に車のクラックションの音が鳴り響いているのですが、この音を合図にみんな車と車の間をすり抜けて走っています。最初は耳についたこの音も、なんとなく柔らかな音色でアイキョウがあ車同士のコミュニケーションのようにも聞こえてきました。もうひとつ驚いたことは、センターラインがない。と、いうより対向車がなければ二台並んで走っていてスイスイと前方の車を追い越して行くことが、普通に行われていたことです。とても日本では考えられませんね。インドを旅しようと思っている方は、車の運転は現地の方に頼んで、自分ではやらないほうがいいとおもいます。日本人の常識では考えられないような道路事情が、暗黙の了解であのクラックションに込められているようですから。 
 私からのコメント:インドの道路事情はめちゃくちゃです。多分ほとんどの人たちが交通ルールなど知りません。信号があってもあまり意味がありません。後は、国民性。お先にどうぞ!ということがまずありません。そこのけ!そこのけ!で運転しないと一歩も前へは進めません。そういう道で私は平気で運転しています。


ケララと訪ねて...第5話・驚きの再会は海辺だった!

インドの交通事情に驚いてばかりはいられません。次に、もっとビックリしたことが起きたのです。それは、フォート・コーチンの海辺で行われているチャイニーズ・フィッシングネットを見ていた時のことです。   「ハ~イ、 キミエ!」と、私の名前を呼ぶ声が聞 こえるではありませんか。まさか私を知っている人が、こんな所にいるはずがないよね。と、振り向くとなんと花嫁のお姉さんのシネードが声を掛けてきたのです。彼女たち家族も、イレインの結婚式参列のため一昨日前からインド入りしていることは承知してはいたものの、この海辺で偶然にも再会できるとは思っても みませんでした。 彼女たち家族は、アイルランドからご両親をはじめ、兄弟姉妹、叔父叔母一族20名ぐらいで、トリチュールのホテルに滞在しながら結婚式を待つ間、ここフォート・コーチンに観光に来たとのことです。  パパやママ、ショニィ、バーバラ...みんな久しぶり!!! あとは、かたことの英語で、身振り手振りを交えて熱い抱擁でのご挨拶 ご挨拶。アイルランド人は、親切で家族を大切にするお国柄であるがゆえに、私たちに対しても温かく迎え入れてくださり、再会を心から喜び合いました。   日本ではよく「世間は狭いよね。」と、いいますが この時ばかりは「本当に世界は狭いよね」って、感じでした。

ケララを訪ねて・・・第6話・押し売りにご注意を!

ど この国でも、観光地にはおみやげやさんを装って必要以上に押し売りをする人々がいるものです。ご多分にもれずインドにも手ごわい押し売りが大勢います。 フォート・コーチンの海辺で、釣り上げた魚を露天で無造作に売りさばいているテントが立ち並んでいるところで見た光景の感想です。   潮の香りと魚の生臭いにおいが入り混じった露天の周りには、獲れたての魚介類が、店先狭しとひろげられて「どおだい、買わないかい。これはエビだよ。タイはどうおだい。」と、私たちに声を掛け続けてきます。暑いインドの地にも関わらず、魚はナマのまま氷も無く、その場でドンドン売りさばかれているようでしたが観光客が生の魚を買っていくことはありえないでしょう。と、思いましたが、氷も冷蔵庫も無いのに生ものを毎日 どうやって売り切っているのか不思議でした。

  そして、その魚売りの人たちより、しつこいのがフォトカード売りの押し売りです。多数の若者が観光客と見るやいなや近づいてきて「フォトカードを買わない かい。このカードはどうおだい。」と、次々とカードや小物を見せて きます。はっきり「ノー,サンキュー」と断っても行く先々で纏わりついて来るのには、 いささか参ります。確かにその日の日銭を稼ぐために子どもも一生懸命働いている様子はわかりますが、もう少し違うことに頭を使って働いたほうがいいのにと思いましたが、これが貧富の格差かな・・・・。 いずれにしても、日本人から見れば、衛生面や強引さなど驚くことがいっぱいです。相手の押しに負けそうな人は、まずはそのような場所に近づかないことでしょう。 *私からのコメント…この辺で、売られている魚は、実際はそんなにも古いはないのです。私も湾内ボートクルーズの時、ここで買った魚をその場で焼いて貰い、皆でボートの中で食べましたが、新鮮で美味しかったです。でも、いくら新鮮でも、料理の工程が衛生的でないのは確かでしょう。旅行中はやはりある程度のクラスの衛生的なところ で食べた方が無難です。また、押し売りには、何度もここへ出向く私ですらうんざりします。絵葉書などは町で買った方が安いこともありますが、ここで売られ散るインド細密画は観光地の通りの店で買うより安い!お買い得です!

ケララを訪ねて...第7話・ランチでの出来事

フォート・コーチンでの観光をすませてエルナクラムに戻り、ランチに立ち寄った「コーヒー・ビーンズ」での出来事です。   お昼の食事の真美さんおすすめの「コーヒー・ビーンズ」でとることになり、どんなお店か楽しみに連れて行ってもらうと、エルナクラムの賑やかな通りに面し た明るくて比較的こぎれいな良い店でした。お店は昼時だったので何人かのお客さんがランチを楽しんでいたようでした。私たちが、席に着くとやはり周りの視 線は好奇なものを見る感じで私たちに注がれていました。 ト イレが二階にあるということで、階段を上っていくと、水洗式のトイレではありましたが、バケツに水を入れて用が済んだあとに自分で水を流すという具合のも のでした。これぐらいのことは、学習済みだったのでさほど驚きませんでしたが、トイレから戻って席に着こうとしたときです。見知らぬインド人の若い男性 が、私たちの座っている席に近寄ってきて、話しかけてきたのです。最初は、席が無くて相席をもとめてきたのかな?と、思って片言の英語で話しかけたら日本 に興味があって日本人の私たちにアプローチしてきたことが後で分かりました。   オートリキシャのドライバーとの出会いといい、この若者との出会いといい、まったく警戒心も無くインドの人とふれあえたことは、何事もなかったから良かったけれど真美さんイワク・・・・チョッと、冒険だったかな?でも、インドの人たちも仕事を探して日本に来たいと思っている若者が、こんなかたちで私たちに声を掛けてきたなんてすごい出会いだったね。ちなみに彼は、バンガロールで自動車会社に勤めているジョセフと名のる青年でした。いつの日かジョセフとバッタリ日本で会ったりしたら、今度は写真つきでみんなにお知らせしましよう!私からのコメント:このジョセフに、数日後、日曜日の教会でばったり会いました。相変わらずの好奇心、私を見つけると駆け寄って来て、また、延々とおしゃべり。我が家まで遊びに来るとまで言い出す始末。こういう人には慣れっこの私ですが、やはりどこの国へ旅しても、あまり馴れ馴れしいのにはご用心!

ケララを訪ねて…第8話・デービスさん宅へ

エルナクレムでのショッピングを終え、いよいよ目的地であるトリチュールに向かうことになりましたが、ここでガイドが真美さんからご主人のディビスさんに変わるということで、時間調整をかねて突然ではありましたがディビスさんの家に訪問することとなりました。コーチン市内をみて回るだけでも驚きや発見が いっぱいあったのに、インド人の家庭におじゃまできるなんて予想外の展開になりディビスさんに感謝です。  市街地から少し離れたK.P VALLON通りに面した所にお住まいはあり、コンクリート建ての二階のフロワーがディビスさんのご自宅でした。階段を登り玄関に着くと、犬のジュディが早速お出迎えです。初めての訪問者なのに、尻尾を振って私たちを迎えてくれました。犬は万国共通に人なつっこいですね。 そ して、11歳になるお嬢さんと、お手伝いのインド人二人の温かい出迎えをうけ、ほっと一息。一年中、暑くて雨季も長い気候に合ったコンクリート作り(石) の家はインドの土地にあった造りだと思いました。冷房が無くても、窓を開けて扇風機が回っていれば、暑さはしのげますし雨季にも強いのではないでしょうか。やはりその土地にあった生活スタイルは人間の知恵が文化を築き上げているんだなと、改めて感じました。  ディビスさんの家での滞在時間は数十分間でしたが、親切に家の中を見せていただき、お嬢さんやお手伝いさんともお会いでき、お話できたことは、どんな観光地をみるよりも心に残るおもてなしで 一生の思い出となったことは言うまでもありません。 いつの日か、今度は日本の我家にディビスさん一家をお迎えすることができれば最高に嬉しいでしいです。 やはり、そこに住んでいる人々の生活の中に入ってこそ見えてくるものってありますよね。 本当に、貴重な訪問でした。 私からのコメント:本当にちょっとだけでしたが、楽しいひと時でした。こうやって日本の方々に我が家まで来て頂くのも私の楽しみです。また、ケララに来られる機会があれば、今度はランチか夕食にご招待したいです!

ケララを訪ねて...第9話・トリチュールの宝石店

コーチンでの短い滞在を終え、エスコートを真美さんからご主人のディビスさんにバトンタッチして、一路トリチュールに向ったのは午後4時過ぎでした。3月下旬とはいえ、ここインドでは真夏同然で、エアコン付きの車でなければとても暑くて、ドライブどころではありません。  幸いに、私たちを送迎してくださったエバーグリーン・トラベルの車はトヨタのランドクルーザーだったと思います。長旅でも快適に車窓の景色を楽しみながらトリチュールを目指すことができたことは、言うまでもありません。

エルナクラムから、国道47号線(?)を北上してとなり町のトリチュールまでは、車でおよそ2時間ほどの距離でした。途中、休憩を取りながらのドライブでしたが、沿道にはやはり多くの人たちが行きかう姿があちこちで見られ、例によって平気で道路を横切ったり、車道と歩道の区別が無くセンターライン付近を歩いている人もいて、危険と隣り合わせの交通事情はどうしようもないのかなぁ? 夕方、6時過ぎにトリチュールの町の中心地に到着し、ホテルに入る前に「せっかく、インドに来たのだから金を買おうよ!」と、いうことで貴金属店に案内してもらいました。  街中の繁華街の一角ある貴金属店のドアを開けて中に入ると、奥行きの広い店内いっぱいに金製品が、所狭しと飾られ煌びやかな世界が目の前にひろがりびっくり!!!金はその日の相場で値段が変わるので、気にいったデザインのネックレスやブレスレットを手にとって見て、はかりで量り値段が決まります。私もおみやげにと、少し買ってみましたが、隣に座って金を買っているインド人は、首から手首から指輪まで、金をいっぱい身につけているのにまたまた、たくさんの金製品を購入していたのには驚きました。お客さんの中には、自分が今まで身につけていた金を売って、新しいデザインのものを購入している人もいました。  いずれにしても、インド人の金製品に対する投資の感覚はチョッとハンパではないよね! コツコツと貯金をする日本人の感覚とは、違うようですね。それにしても、インドに行ったら、一度は立ち寄りたい「金の世界」ですよ。

ケララを訪ねて...第10話・やっと、ホテルに到着だ!

お みやげの「金」も買って、みんなが泊まっているルシアンホテルに到着したのは、あたりも暗くなった夜の7時過ぎでした。日本を発って36時間が経過していましたが、長旅の疲れも無く、多少の心地よい緊張感でホテルに着くと、ベルボーイが「ハロー、マダム」と、私たちをエスコートしてお部屋まで案内してくれました。   インドに来るまでは、英語はうまくしゃべれないし、インドのこともまったくといっていいほど、何も知らなくて不安だらけでしたがエバーグリーンのスタッフの皆さんのおかげで、ここにやっとたどり着き、感激と感謝の気持ちでいっぱいになり、まずは祝杯を。と、富ちゃんと乾杯したビールの味は格別で忘れることはできませんでした。

その時、電話が鳴って花嫁のイレインが彼氏と共に、私たちの部屋にやってくるというので、ワクワク・ドキドキしながら待っているとまもなくして、とびっきりの笑顔で幸せいっぱいの二人が、現れました。 "Hello,Congratulation! Elaine & Jeff."  久しぶりの再会にhug.hug.hug (ハグ、ハグ、ハグ)思い切ってインドに来てよかった!イレイン、私たちをあなたの結婚式に招待してくださり本当にありがとう。伝えたい気持ちは山ほどあったのに、もうそこにいるだけで何も語らなくても私たちは幸せいっぱいになりました。  今思い出しても、イレインとの出会いがなければインドを訪ねることもなかったことでしょう。ますます、あさっての結婚式が楽しみになってきました。

ケララを訪ねて...第11話・結婚式前日は復活祭で賑やか

3月27日は、カトリックの人々にとっては、クリスマスと並んで大切な復活祭(EASTER)の日でした。  朝食が終わり、教会に一緒に来ないかと、誘われてアイルランドのご家族と共に車で10分ほどのところにある大きな教会に連れて行ってもらいました。そこには、教会の中に入りきれないほどの人だかりが、キリストの前で祈りをささげていました。 みんな、口々に「ハッピー・イースター!」と、お祝いの言葉を交わしていました。ちょうど、お正月に「あけまして おめでとう」と、日本人が挨拶をするような感じです。私たちはキリスト教徒ではありませんが、なにか、神聖な気持ちになり「ハッピー・イースター」と、まわり の人たちに声を掛けて、一緒に復活祭を楽しみました。    すると、数人の子どもたちが私たちを見て興味深気 に近寄ってきました。最初は照れたようなしぐさでしたが、どの子も瞳の澄んだきれいな目をしていました。日本人の子どもが少し忘れかけているような、素直であどけない素朴な笑顔がインドの子どもたちにはいっぱいありました。記念に一緒に写真を撮りましたが、良い思い出になりました。  トリチュールで出会った子どもたち。見知らぬ日本人のおばさんに笑顔をありがとう! 私からのコメント:日本ではあまり知られていませんが、紀元40年 頃に、イエスの12使徒のひとりセント・トーマスがケララに来て布教をしたとされており、州民の20%がキリスト教とインドで一番キリスト教の多いところです。従っていたるところに教会があります。人々の信仰も強く、復活祭、クリスマスはキリスト教徒にとっては大イベントとなります。 また、ケララの子供達は特に人なつっこいです。そして、貧しい子供達ほど澄んだきれいな目をしています。

ケララを訪ねて…第12話・地球に優しいベジタブル・マーケット

教 会からホテルまでは、町並みを見ながら歩いて帰ろう。と、いうことで ショニー(Seonie)とイディ(Ide)ご夫妻と一緒に歩き始めるとまもなくし て、町の中心地に位置している道路際に、色とりどりの野菜が山積みされたベジタブル・マーケットが見えてきました。現地で獲れたものだと思いますが、そこ には玉ねぎ・人参・じゃが芋・バナナ・トマト・豆類などなど ありとあらゆる野菜や果物が、所狭しと道路沿いに並べられていました。およそ200mぐらい にわたって野菜売りの人々が、炎天下で商売に励んでいる様子は、なぜか地球にやさしい未包装の商売で、日本人が忘れかけている自然野菜の姿がそこにありま した。 今、 日本に帰ってきて思いなおしてみると、鮮魚にしても野菜にしても、そのままで売っているので、余分なゴミはでないしコストもかからない。まさに、エコ商売ですね。日本は衛生的で安全で、おまけに賞味期限まで記載して食の管理をしている反面、ゴミ問題の処理に税金を使って生活していることを思うと、インドの日常生活から、学び直さなければいけないこともあるように思いました。 私からのコメント:インドに住み始めた頃は、インドの市場が苦手で、きれいに洗われ包装された日本のスーパーマーケットの野菜をを恋しく思ったことでしたが、よく考えれば、毎回畑から取れたての新鮮な野菜が買える訳で す。そして包装も新聞紙!本当に地球にやさしい商売かもしれません。

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